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March 24, 2006

作品は自分自身そのものなのだ。だから、作品を批判するということは・・・

人が作った作品というのは、その作り手が「良い」と思ったことを精一杯に表現したものであり、それはその人の価値観そのものだから。だから、作品*が批判されると、自分の価値観が批判され、人格を攻撃されたように感じるのです。

naoyaグループ - naoyaの日記 - 作品を批判すること

*注:おそらく誤字と思われたので勝手に直しています(原文は作者となっていた)。

伊藤直也さんのメモ用の日記に書かれた、AmazonのFF12のレビューに対して意見表明。

僕はこの引用したところが、新鮮だったのです。
今まで、モノを作るはしくれとして、作品をさんざんにこき下ろされて、非常に悔しいというか、やり場の無い怒りを覚えたこともありますし、作った苦労も知らないで簡単に斬り捨てる人は理解できないという思いもありました。
だが、モノをつくるものは、批判は甘んじて受けるべきである。
なぜなら、作者の人格を批判しているのではなくて、作品を批判しているからだ。
「思わなくてはいけない」と思っていたんですね。
だが、これを読むと、そうか、その作品が自分そのものだったのだと。
自分がいいと思うものを全身全霊を込めて作ったもの。
それは、自分の分身・或いは自分そのものなのだ。
「作品を批判しているのだよ。」
と言うが、作品はオレなのだと。
ストンと納得できるものがあったのです。

それでも、多少の批判にはへこたれない精神力や、上手くかわす技術を身に付けなければいけないと思いますが。
自分が使う側の立場になったときには、安易に批判して、自分自身をも貶めるようなことにならないようにしたいと、心を新たにしました。

ま、こんなところで感心しているようじゃ、一人前にはまだまだ程遠い気がしますなー(泣

投稿者 yoshidako : March 24, 2006 04:57 AM | このエントリーを含むはてなブックマーク

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コメント

まったくの通りすがりなんですが、この「作品=作者」の考え方を
見て、以前読んだ、あるインタビュー記事を思い出しました。

それは(あのミュージシャンの)プリンスについて、彼にプロデュースしてもらった、とある女性アーティストが答えた話です。

■インタビュアー:
『プリンスの作品は非常に有名ですが、彼自身の普段の様子はミステリアスです。あなたは、長い時間、彼と共同作業をしてこのアルバムを完成されましたが、その過程であなたが見た「普段の本当のプリンスの姿」について何か興味深い発見はありましたか?』

■女性アーティスト:
『“本当のプリンス”というのは存在しません。彼の音楽と彼の存在はイコールです。彼はこのレコーディング期間ほぼ全ての時間をスタジオに籠ったまま過ごしました。そして長時間の作業を続けても、まったくそのクリエイティビティに衰えを見せません。まれにスタジオの外に出た時も常に音楽の事を考えているようです。彼がこの期間中に行ったり考えたりしたことは全てそのサウンドに結実しています。それ以外の事の為に費やした時間は、ほとんどないでしょう。 
彼のサウンド、それがイコール「プリンス」という事象の全てだと思います。』
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だいたいこんな感じの記事でした。
「作品=作者」の考え方の一例として相応しいか分かりませんが、
「アーティストにとっての作品」とは何かを深く考えさせてくれました。

投稿者 とある黒人音楽好き : March 24, 2006 01:54 PM

>とある黒人音楽好きさん
コメントありがとうございます。
プリンスの話、非常に興味深く読ませてもらいました。
「恐らく」、そうなのだろうなと深く感じるところがあります。
自分自身についてみてみると、この「恐らく」が「まさに」になるようになっていきたいと願うところです。

投稿者 よしだこうすけ : March 24, 2006 07:01 PM

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