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February 08, 2006

満員電車という密室での不可解な出来事

吊り革を持つ僕の前に、座っていた彼女。
スラッとしたジーンズを履き、ひざを軽く前へ伸ばすように腰掛けていた。
最初は気になるほどのことではなかった。
だが車内の密度が高まってくるにつれ、僕は普通に立っているのが困難になった。
ひざを軽く曲げた――逆に言うと軽く前に投げ出しているということなのだが――彼女の足は丁度吊り革の真下まで張り出していたのだ。
そのため、僕と隣の人とは半人前くらいのスペースがあいていたが、逆側に立っている人が僕を押してくるのだった。
電車内は既に人で溢れているのだから、当たり前だ。
そちらにスペースがあるじゃないかというようにプレッシャーをかけてくる。
つま先がツンと尖った彼女のパンプスを踏んづけるわけにもいかない。
靴で押すようにして、それとなく邪魔になっていることを伝えようと試みた。
こういうことには無頓着で気付かない人も多いものな。
でも彼女は、気付かないのか或いは無視しているのか。
涼しい顔で本を読んでいる。
更に押された僕は両足を閉じ、斜めに立っている格好になっていた。
吊り革に半ばぶら下がっているような形で、かろうじて立っている。
堪らなくなってついに僕は声をかけた。
あの、足をもう少し引いてくれませんか?
「・・・・・」
無視されたか・・・いや、聞こえなかっただけかもしれない。
僕は少し腰をかがめてもう一度同じ言葉を口にしてみた。
「下げられない。」
えっ?
小さい声でよく聞こえなかったが、確かに下げられないと言った気がする。
直接言えば、しぶしぶでも下げてくれるのではないかという期待があった。
また逆に、下げたくないよと逆ギレされることも、少しは覚悟していた。
だが、今彼女は“下げない”ではなく“下げられない”と言ったのだ。
意外な答えに僕は動揺し、弱々しくもう一度訊ねた。
下げられないの?
彼女は目をあわさずに無言で小さくうなずき、再び本へと目を落とした。
なめられたか・・・、いや、下げられないというからには、膝かどこかに具合の悪いところがあって、足を曲げられないのかもしれない。
僕にはそれ以上追及することは出来なかった。
少々責める気持ちもあったのが、一気に萎えてしまったようだ。
反対側に立っていた人が電車を降り、なんとか両足を広げて立てるようになるまでは、ひたすら我慢を強いられることになった。
複雑で理不尽な気持ちでいっぱいになりながら・・・。

彼女は、本当は足を下げられたのではないかと思う。
電車で乗り込むときと降りるとき、そんな素振りは見えなかった。
今となっては確認する術もないが。
だとしたら、「下げられない」とまで言って、あくまでも足を投げ出しておきたかった理由は何なのだろう。
自分の空間を確保したいという、生物本来の欲求からくるものなのか。
彼女は、普段から電車に乗り慣れていないのかもしれない。
又は、満員になる時間帯にはほとんど乗らないのかもしれない。

自分を振り返ると、電車に乗ると色んな人の色んな言動に、一々引っかかっていることが多いようだ。
もしかしたら自分も、電車という密室に詰め込まれることに、耐え難いストレスを感じている人間の一人なのかもしれない。
彼女と同じように・・・。

キンと冷たい空気の中、釈然としない思いを抱きながら、オリオン座を見上げて僕は、溜息をついた。

投稿者 yoshidako : February 8, 2006 10:28 PM | このエントリーを含むはてなブックマーク

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